1.坊津八景 (鹿児島県南さつま市)
 近衛藤公信輔、当津に謫せられ玉ひし時、八景の題を撰びて、各和歌を詠じ玉ふ。
 【近衛藤公信輔】近衛信尹(のぶただ、信基)安土桃山時代の公家。後陽成天皇の勅勘により1594〜1596年坊津に配流。後に許されて関白。
  鶴崎暮雪
  
鶴が崎や松の梢も白妙にときはの色も雪の夕暮

2.須佐浦十二景の歌 (山口県萩市)
 亀島と鶴崎: 鶴が首を伸ばしたような、翠松を負うたやさしい岬の前には、亀が波上にうかんでいるような巨巌がある。
 亀島の遊魚、鶴崎の晴嵐はいずれも須佐十二景の一つである。
  
鶴崎晴嵐
  
海越しの山風わたる鶴崎の晴るる見る目は千代も変らじ誰知十洲外   長門有鶴洲 翠嵐晴可畫 清唳落中流。

(2007/1のNTT電話帳調査による)
鶴崎という地名は?
(1)姓氏家系大辞典(角川書店)によると
  「筑後の名族。将士軍談に宮本村庄屋鶴崎氏が見える。」
  筑後将士軍談(矢野一貞著)には 「荊津村館跡。大善寺友鳳和尚云ふ、宮本村庄屋鶴崎氏云ふ、我が祖荊津伊賀守の館跡は、藤吉村幸市と云ふ者の宅の邊に観音堂あり。則ち其の所也と。この鶴崎氏、則ち荊津入道の遠孫か、尋ぬべし」と。
   (宮本:現久留米市、筑後川下流左岸、広川下流域の平野部に位置する。 明治2年の明治政府・神仏分離政策まで、
      宮本地区は大善寺玉垂宮にちなみ大善寺と称した。)

  
また、豊後に鶴崎城があり。  また、東作志に角力者 鶴崎竹五郎見ゆ。
(2)佐賀県大町町・町史にて、中世・戦国時代、福母城山に鶴崎弥藤次いたとの記載あり。
(3)佐賀県の武雄市、北方町町史及び多久市史(戦国時代)に、多久西の女山(現・船山)に豪族鶴崎源太左衛門がおり、龍造寺長信と戦ったとの記録があります。

(4)インターネット「名字由来net」で、鶴崎・津留崎の苗字を入力しましたら、下記解説がありました。
  参考まで。清和天皇・・・という記事が、詳細不明ですが機会があれば調べてみたいと思います。
  {鶴崎} 現福岡県南部である筑後の有名氏族、近年、福岡県、佐賀県などに多数みられる。「崎」は先端、突端、
       端を表す。清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)新田氏流、中臣鎌足が天智天皇より賜ったこ
       とに始まる氏(藤原氏)秀郷流窪田氏族などにみられる。
  {津留崎
鶴崎と起源をともにする。大分県大分市がルーツのひとつ。近年、福岡県久留米市、東京都にみられ
        る。剣、鶴の形をした先端、突端が語源。 
鶴崎氏
北海道 2 青森県 0 秋田県 0 岩手県 0
宮城県 0 山形県 0 福島県 2
栃木県 0 群馬県 0 埼玉県 20 千葉県 21 茨城県 10
東京都 36 神奈川県 29 新潟県 0 長野県 0 山梨県 1
愛知県 21 三重県 6 静岡県 3 岐阜県 0
福井県 0 富山県 0 石川県 5 滋賀県 3
京都府 13 大阪府 61 和歌山県 7 兵庫県 51 奈良県 7
広島県 20 鳥取県 4 島根県 0 山口県 22 岡山県 15
高知県 0 香川県 5 愛媛県 39 徳島県 0
佐賀県 68 福岡県 89 大分県 10 宮崎県 29 鹿児島県 62
長崎県 89 熊本県 46 沖縄県 0
全国の電話帳で同姓の方が何処に住んでおられるか、調査して見ました。
図書館に全国の電話帳を置いてある所もあり(私の家から近いのは、つくば市図書館)、調査するのにまる4日かかりました。(1)電話帳で記載された、鶴崎姓は855件(世帯数)、約2500人程度の鶴崎さんしかおられません。非常に珍しい苗字といえます。なかなか悪いことも出来ませんね。
   
「日本の苗字ベスト10000」の本では、鶴崎姓は3523位だそうです。
  
日本の人口は1億2600万程度ですから、5万人に一人が鶴崎さんという事になります。
(2)地域は、鶴の飛来地と同様、西日本に集中。九州地区と愛媛県、兵庫県に多くおられます。
(3)目立つ所では、佐賀県杵島郡(大町町・北方町・白石町)、長崎県の愛野町、兵庫県の山崎町、鹿児島県の阿久根市・大根占町です。
鶴崎の由来
絶景「鶴崎」をうたった歌
鶴崎の姓の地域分布
市町村の分布明細です。
山崎町
大町町
愛野町
阿久根市
長浜町
比較的密度の高い町
「鶴崎の由来」
(1)鶴崎の「鶴」と「崎」の意味を、岩波書店の国語辞典で調べてみました。
 @鶴(つる): つる科の鳥の総称。大形でくびと足が長く頭が小さい、わが国ではタンチョウヅルをさし、古来その姿の優美を賞し、また長寿の霊鳥とした。「鶴は千年、亀は万年」「鶴の一声」(みんながいやおうなしにそれに従う、有力者、権威者の一声)
 A崎(さき):    ・陸地が海や湖に突き出た所、みさき。   ・山が突き出た端。でばな。
(2)鶴崎の地名で一番有名なのが大分県の大分市の鶴崎です。 
    (かっては鶴崎市であったが残念な事に昭和38年大分市と合併し目立たなくなってしまいました

  ここの鶴崎の由来は、東は大野川、西は大野川支流乙津川に接する地域。地名は大野川によって形成された、沖積地の津留の先端に由来する。
(3)鶴崎という地名は、他に佐賀県唐津市宇木、鹿児島県桜島町横山、倉敷市茶屋町、長崎県崎戸町、熊本県牛深市牛深、鹿児島県坊津町、福島県棚倉町寺山、愛知県旭町明賀、陸前高田市矢作(旧気仙郡矢作村)、鹿児島県真孝、
  山口県萩市須佐に鶴崎という地名があります。(ほか調査中)
  また、福岡県小郡市松崎という地名がありますが松崎は古くは鶴崎と呼ばれていたそうです。
(4)神社では、大分市鶴崎東鶴崎に鶴崎大神宮、岡山県早見町に鶴崎神社、千葉県安房郡鋸南町(キョナンマチ)に鶴崎神社があります。この鋸南町の神社拝殿の天井には大絵馬「源義経弓流し図」があるそうです。
  また、神奈川県の新横浜の篠原八幡大神は昔、鶴崎八幡と称していたそうです。平塚市の豊田八幡宮も元は鶴崎山八幡宮(鶴崎八幡)と呼ばれていました。
  秋田市には、鶴ヶ崎神社というのがあります。
(5)城では、大分市の鶴崎城に加え、岩手県陸前高田市島部にあるようです。別名「矢作内館(鶴崎城)」と言い矢作玄蕃(奥州千葉一族)が築城。また、青森県むつ市城ヶ崎という所に「鶴崎山順法寺城」という城跡があります。
 ここは、
南北朝時代、南朝方の護良親王の皇子(後の源良尹(ながただ))が居住したところです
(6)鶴崎という地名は、鶴の飛来していた所から名前が付いたと思われます。
  鶴がいる岬(崎)、鶴が先に見える、また大分の鶴崎のごとく鶴の頸ににた地形(ここにも鶴が飛来していた?)
    *鶴(ナベツル)の越冬地はかって、西日本全域であったが、徳川幕府崩壊後、捕獲の禁令がとれ、乱獲が進み、絶滅の危機にまで陥っている。現在日本では、山口県の熊毛町八代盆地と鹿児島県の出水市(桜島近辺)の2ヶ所となってきています。
鶴崎の地名のある場所
赤字は鶴崎姓の方の密度が多い地域
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各県の分布詳細?